小鳥の運命


その日の昼。
娼館の主人から呼び出されたアウロイアは応接間に来ていた。
主人の金切り声は、寝不足の頭に響く。
呼び出された内容に驚きはなかった。
事前にイレイヌから聞かされていた通りだったからだ。
さすがに何も知らされていなければ、ここまで冷静にはいられなかっただろう。
「いや、お前を手放すのは惜しいですが。しかし、良いご縁があれば断るのも勿体ないですからね」
愉快そうに太鼓腹を揺すりあげるのを冷めた目で見る。
どれだけ金を積ませたのか、その機嫌で推し量れる。
「お話を心良くお受けいただけてありがたいです」
目の前でにこやかに笑っているのはサルファだ。
整った容貌が微笑みに染まれば誰もが見惚れる威力をもつ。
主人もみっともなく口を空けて呆けてしまっている。
一瞬、サルファが顔をしかめていた事はアウロイアしか気づかなかっただろう。
今日は騎士団の象徴でもある緋色の制服は脱いで、髪も下ろしている。
そのせいか、制服の時よりも若く見える。
「早速で申し訳ないのですが、こちらの都合もあってすぐに引き取らせて頂きたい」
「お、おお。勿論ですとも」
さぁ、どうぞ。
まるで物を引き渡すようにアウロイアが席を立たせられた。
よろめく様に一歩踏み出して、サルファの手をとる。
しっかりとした手に掴まれると、不思議と安心した。
「・・・すまない」
急ぎ足で部屋から出て来るとサルファは、掴んでいた手を離す。
「いいえ。それより、これからどうすれば?」
今、正式に伝えられたばかりだ。
これからの話は何も聞いてはいない。
それどころか、準備すら出来ていない。
準備といっても、アウロイアが持ち出すような物は一つもないが。
「そうだな。一応、荷物をまとめてしまおう」
部屋は?と聞かれるが首を横に振る。
「必要なものは洋服くらいです」
「貴重品などは?」
「別に、ないです」
「そうか。衣服などはこちらで用意するから置いていっても構わないが」
それは、少し勿体ない。
躊躇ったアウロイアの沈黙に、サルファが先手を打つ。
「それなら挨拶だけすませてしまおうか」
「挨拶も良いです。そんなに親しい人もいませんから」
一瞬、イレイヌの顔が浮かんだが彼女とはもう挨拶は済ませている。
それに今はもう寝ているだろう。
「・・・そうか」
微妙な返事をしたサルファに、アウロイアは少し笑う。
「別にいじめられてた訳じゃないですよ」
ただ、単純に親しくなるほど余裕がなかった。
アウロイアにも、そして周囲の人間にも。
この館で娼婦見習いの少女たちを除いて、もっとも年少がアウロイアだ。
年齢にだいぶ差があれば、それだけで友人と呼べる関係を結ぶのは難しい。
「向こうには、同年代の者もいるだろう。友人はそこで作れば良い」
「はい・・・」
少し首をかしげる。
「あの、聞いても良いですか?」
「なんだい?」
幾つか気になっていた事がある。
「私の身請け人は貴方なんですか?」
てっきりルーダが来ると思っていたアウロイアは、扉口をくぐったサルファの姿にかなり驚いた。
「あぁ、あの馬鹿は何も話していないのか」
「ば、ばか・・・」
悪態はそれでも気の置けない響きがあり、心に突き刺さるような冷たさはなかった。
「今回、君を引き取ることにしたのは隊の総意になるんだ。その、君は特別だから」
言いよどんだ所にサルファの優しさが滲む。
両性は、“聖鳥”の証の一つ。
騎士団にとって、“聖鳥”の出現は悲願でもある。
「もちろん、それがなくともルーダは君を引き取ろうとしたとは思うが」
「それは、どうでしょうか」
ルーダが気にかけてくれたのは、アウロイアが両性だと知ったからだ。
ただの男だったら気にはかけてくれても、引き取ろうとは思わなかったに違いない。
「・・・ふむ、報われてはいないのか」
だから、サルファの一言はアウロイアには届かなかった。
「君は、準備が整うまではうちの屋敷に滞在してもらうよ」
「大隊長様の」
「その呼び方は止めてくれ。サルファで良い」
「・・・サルファ、様」
名前で呼ぶなど恐れ多いことだ。
いくらかの妥協点を含めてのアウロイアの呼び方に、サルファもそれ以上は言わなかった。
それから、アウロイアは生まれ育った娼館をごく静かに後にした。
不思議と悲しみや寂しさは感じなかった。
それはいつもと同じく賑わっていた通りのせいだったかも知れないし。
もしくは、アウロイアを気遣って色々と話を向けてくれたサルファのおかげかも知れなかった。


そこは、白砂の敷かれた静謐な空間だった。
白蝶貝のランプがテーブルに置かれた書籍を浮かび上がらせる。
開かれた分厚い本は、左ページはびっしりと書き込まれていたが右ページは空白が広がっていた。
書きかけの日記帳にも思えるが、それにしては並ぶ文字たちは書き文字とは思えないほどに整っている。
ふと、はらりと風もなくゆれたページに指が添えられた。
白く長い、それは女性のものだ。
細い銀のバングルに飾られた手首は、水色の袖口へと隠される。
「・・・あぁ、また一つ“記述”が」
ひっそりと呟かれた声は、静かに四角い空間に消えていく。


そこは、草いきれの濃い鍛錬場だった。
多くの兵士たちが汗を流す中で、監督にあたっている騎士たちが忙しなく指示を飛ばしている。
その中で、一人の騎士が兵士との訓練の手を止めた。
黒の騎士服に身を包んだ青年の胸には、オニキスが飾られた黄金の獅子が輝いている。
何かを感じ取るように黄金のブローチに触れた青年は、かすかに微笑んだ。
「ん、何か機嫌が良さそうだね」
そう囁きかけた声に、黄金の獅子はまるで言葉を理解するようにひときわ強く輝いた。


そこは、国を代表する最も豪華な場所だった。
全てを見下ろすようにすえられた豪奢な対の椅子の一つは、既に埋められていた。
白絹と黄金の刺繍の対比が鮮やかな衣装をまとった青年はまだ若い。
けれど、重責を担うに足る底知れぬ雰囲気があった。
額には赤子の拳ほどもあるダイアモンドが燦然と輝いている。
世界広しとも言えど、この輝石を身につけることが出来るのはただ一人だけだ。
「ふっ、久しぶりにお前の声を聞くな」
孤高の位置での呟きは、余人に知られることなく落ちる。
するどい視線は、窓の外に流されやがて微笑みと共に拭い去られた。


三者三様の予兆。
これが後にアルメリア帝国史に刻まれる第四黄金期の始まりとなる。
勿論、今は誰もそれに気づくことなく。
ただ静かにその時を待つ。



fin



あとがき

ここまでお付き合いありがとうございました。
改めましての新シリーズでございます。
一応、当サイト初の「両性」モノとして楽しんで貰えれば嬉しいです。
ver.1の方にも似た設定の子はいますが、あれは微妙に別物です。
そして、まずは世界観紹介くらいの内容なので、力を抜いてお楽しみください。
話としてはこれから先が本題です。あんま、考えてませんが。

さて、肝心の攻めですが一応逆ハーレム目指しております。
愛され主人公万歳です。
苦手な方は、早めに離脱準備を整えられた方が良いかと思われます。
そんな大したこと書きませんけれど(え)
まだまだ序盤なので、これからキャラも増えてきますが、一人でもお気に入りにいれて頂けるよう書いていきたいと思います!
では、また次のお話もお付き合い頂ければ幸いです♪



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