20* 毎朝、家を出る前に、目をぱちぱちさせて視力を確認する。 それから、ゆるめにマフラーを巻く。靴を履いて、手はポケットに突っ込む。 ・・・ポケットの中には、夏に果歩にもらったお守りが入れっぱなしになっている。 指の先が触れるたび、あったかい気持ちでいっぱいになる。今日も頑張ろうって思える。 「行ってきまーすっ!!」 「行ってらっしゃい」と、母さんが笑顔で送り出してくれる。 まだ人通りの少ない道路をてくてく歩く。・・・今日はよく冷える。息が白いや。 俺は、まずあの公園に向かう。新しい二人の日課だ。 公園の入口に、まだ果歩はいなかった。 寒さをこらえて立っていると、登校中の中学生たちが何人も俺の前を通り過ぎてく。 ・・・果歩、早く来ねぇかな・・・。 「おーーいっ」 背後から声と、チリンと自転車のベルの音がした。 振り向くと、彬がこっちにやってくるところだった。 「高槻、おはよ!!」 「・・・はよ」 彬は俺の前に自転車を止めた。ちょっと焦った。果歩、来ちゃうよ・・・。 「お前なー、こんなとこで何してんだよ」 にやにやしながら彬が聞く。 「・・・待ってる」 「畠瀬を?」 ・・・・唇をとんがらせてみる。彬は俺を見てぎゃはははと笑った。 「むかつくんだけど」 「いやー悪い悪い」と彬はまだにやにやしてる。 「・・・でも、よかった。仲直りしたんだな?」 「え?」 「・・・喧嘩してたんじゃねーのか??」 あ・・・心配してくれてた? 彬はいろいろ詮索してきたりしない。けど、俺の目のことも・・感付いてるらしかった。 「喧嘩なんてしねーよ。大丈夫っ」 思いきり明るい声で言ってやった。大丈夫。俺はたぶん、大丈夫。 「そっかよかった!!・・・じゃあさ、クリスマスも大丈夫だな?」 「えっ」 ・・・考えないようにしていた。クリスマス・・・なんて、"いかにも"なイベントじゃん。 何していいものかわからない。まだ先だと思って、考えるのを先延ばしにしてた。 そんな俺に、彬はラッキーな誘いをかけてくれた。 「俺んちでみんなでパーティーやろうと思うんだけどさ、どう? パーティーつっても、料理食って遊んだりするだけだけど・・、」 「い・・・行くっ!!」 大声出しすぎて、また彬に笑われた。だって、楽しそうだと思ったんだよ・・・。 果歩もきっと喜ぶだろうから。果歩が彬たちみんなのことも大好きだって、わかるから。 「じゃ、そういうことで!!詳しくはまた後でなー」 彬が自転車を漕ぎはじめた。 「え・・・一緒に行かねぇの?」 「なんだよお前、邪魔して欲しいのかー!??」 彬は遠ざかりながら大声で叫んだ。バカ、通行人に見られてるじゃねーかよ・・・! 俺は知らない振りをして、姿勢をただした。 果歩・・・もうすぐ来るかな?ポケットの中で必死に手を温める。 ・・・・病気のことを明かして、屋上で気持ちを伝え合ったあの日以来、 俺たちは毎日のように手をつないで歩いてる。 「翔哉が安心して歩けるように」って、果歩は言ってくれた。嬉しかった。 だからせめて、こんな寒い日は、俺が果歩の手をあっためてやりたいんだ・・・。 ・・・数分後、聞き覚えのある足音が近付いてきた。 自然に顔が笑いそうになった。足音のほうを向き、小さく手を振った。 「おはよ」 「おはよう。・・・寝坊しちゃった・・・待った!?」 果歩は俺の前まで来ると、ごめんね、と手を合わせた。 「いや、別にいいよ。全然待ってねーから」 言いながら、ちょっと下を向き、黙って左手を差し出した。 果歩は「へへっ」と笑みを浮かべる。それから、しっかりと俺の手を握ってくれた。 「翔哉、手おっきいね」 「・・・そりゃまあ、果歩よりは。一応男だし」 「それに、すごいあったかいよ。・・・いいなぁ、あたし冷え性なんだよね・・・」 やった、と思いながら、きゅっと指を絡めた。 「でも、手が冷たい奴は心があったかいっていうじゃん?」 「えー、あたしのこと?そうかな!?」 「そーだって・・・」 ・・・こうやって言葉を交すたび、俺の心臓はどきどきしてる。 やっぱり器用になんて俺はなれない。でも、この新鮮な気持ちをいつまでも持っていたい。 何日が過ぎても、ずっと。気持ちだけは変わりたくない。 「あぁ、そうだ。クリスマスのことなんだけど」 角を曲がり、イルミネーションの電飾がある家が見えた。 「彬んちでパーティーやるんだって。さっき誘われたんだけど・・・行くよな?」 「え?行くっ!!」 思ったとおり笑顔で返事が帰って来た。顔がにやけた。 「楽しみだね・・・彬の家って、ツリーあるのかな?? みんなでご馳走つくるのかな?あっ、あたしケーキ作ろうかなっ・・・」 もうはしゃぎ出してる果歩の声が、たまらなく可愛く聞こえて。 「果歩、また食べ物の話かよー」 また果歩の作ったケーキ食いたい、って考えながら。 「あたしは食べてるとき幸せだもん・・・!!」 「ぶはっ」 ・・・必死な顔でそんなこと言うところが、これがまた面白くて。 こらえながらも笑いが止まらない俺。果歩はちょっとだけ怒ってた。 でも、繋いだ手は離さない。絶対に。 「でも、さぁ・・・」 果歩がこっちを見ずに言う。・・・やべ・・・笑い過ぎた? 「本当はね、クリスマスは、・・・一日中二人でいたかったんだ」 「え・・・」 ちょっとすねた様に首を傾げてそう言う果歩。・・・やばい。 抱き締めてやりたい衝動に駆られた。腕がちょっと動いた。 けど、ここは道の真ん中だし・・・。何考えてるんだよ、落ち着け自分。 「・・・プレゼント、用意すっから」 ・・・そんな言葉しか思い付けなかった。 「本当!?やったぁ、楽しみにしてるね!!」 果歩はぱっと笑顔を見せる。 俺はちょっと呆れて笑って、こういうとこが可愛いんだよな、って思った。 でも・・・確かに最近、デートらしいデートしてない。 俺は目のことを理由にして休日も家にこもりっきりだ。果歩に甘えてる。 ちょっとだけ、反省した。果歩を大事にしようと思った。 「あっ、高槻と畠瀬来たぞー」 教室に入ると、彬とユウに冷やかされた。さすがに学校の近くまで来たら 手は繋いでなかったけど、果歩は二人の顔を見て小さく照れ笑いをした。 「あーあ、うらやましいなぁっ!!」 果歩がひなたサンや佐倉さんのところに離れて行ってから、ユウがわざとらしく言う。 「・・・うるせーよっ」 ・・・しばらくユウの相手をして、俺は彬のほうを向いた。 「・・・なぁ彬、買い物付き合って欲しいんだけど」 思い切って言うと、彬はニヤニヤ顔になる。 「もしかして、果歩ちゃんにプレゼントかぁ?」 「・・・そーだよ」と言うと、ユウが「俺も行く」と声を上げた。 「ん?なんだよユウ、まさかお前も・・・」彬はやっぱりニヤニヤ。 「いいだろ別に。なぁなぁいつにする?休みの日かな??」 「俺、土日は塾あるからムリ」 彬が言う。 「あ、俺も明日と明後日は塾ー」とユウ。「高槻は?」 「えっ」言葉に詰まった。 「・・・いや、俺は別に何もねぇけど」 そうか、みんな受験生なんだ。当たり前のことに今さら気付く。 「こいつは受験なんて余裕だから!俺らと違ってさぁ」 「えっ、そうなのか!?」 曖昧に笑ってみせるけど、そんなわけないのに。彬が90点だったテスト、俺25点だぜ? 「・・・・今日買いに行くか?早いほーがいいだろ」 「・・・うん」 「楽しみだなぁ、高槻は大好きな子に何あげるのかな〜」 バカ、彬はいっつも声がでかいよ!!・・・急に恥ずかしくなってきて、俺は自分の席に戻った。 放課後、彬がよく行くというお洒落な店に連れてってもらった。 女の子にプレゼントなんてあげたことない俺とユウは、緊張しつつ彬についていく。 店の入り口をくぐると、靴、帽子、小物売り場・・・ ユウはきょろきょろしながら「あの服カッコよくない?」なんて言ってたけど、 シカトしてしまった。慣れない場所で、俺は彬を見失わないように必死。 ゆったりとした気持ちのいい英語の曲が流れているのを聞いた。・・・・彬が足を止めた。 「この辺でどうよ?」 そこはアクセサリーの売り場だった。色とりどりの指輪やブレスレットが棚に並んでいる。 「なぁ、俺向こうのほう見てくる!」と、ユウが別の売り場のほうへ行った。 ひなたサンに何かあげるのかな。告白、すんのかな・・・。俺まで夏のことを思い出してじんとくる。 俺と彬は並んで棚の前にしゃがんだ。彬は指輪をひとつ手にとって眺めた。 「・・・指輪あげんの?」 「ん?まぁなー」そう答えた彬の顔は、いつもよりも目尻が下がっている。 「・・・実はさ、この間大喧嘩したんだよ」 ・・・え?あのおとなしい佐倉さんと??驚いていると、彬は苦い顔で笑う。 「・・・もう・・・普段大人しい奴ほど怒ると怖いって本当だな!びっくりしちゃったよ。 高槻も気を付けろよ、畠瀬怒らせたらどうなるか・・・」 「えっ」 想像してみた。果歩の怒った顔・・・だめだ、いじけたように頬を膨らませている所しか浮かばない。 本気で怒った顔なんか、考えただけでいろんな意味で寒気がした。そんな顔、絶対に見たくない。 ・・・懸命に果歩にぴったりなプレゼントを探した。目を凝らし、指先で形を確かめながら。 「これ・・・どうかな」 ようやく決めた時には、ユウはすでにちゃっかりプレゼントを買って戻って来ていて、 彬もでかいあくびをしたところだった。でも、二人とも文句も言わずに待っててくれた。 「どれどれー」と、彬が俺が選んだネックレスに目を落とす。 シルバーのハートのモチーフに、キラリと光る小さなストーンが数粒付いている。 「いいんじゃねぇ?可愛いじゃん」 「そう?」 ユウも「畠瀬さんに似合いそう」と言ってくれた。俺はくすぐったい気分になった。 「値段いくら?」と、彬に小さな値札を見てもらう。 「んと、・・・そんな高くねぇけど。でも大丈夫だろ、畠瀬は値段なんて気にしないだろうし!!」 彬からネックレスを受け取った。「早く買ってこいよ」とユウに文字通り背中を押された。 ・・・レジに向かう。気さくそうな店員さんに、「クリスマスプレゼントですか?」と聞かれた。 こういう会話に慣れてない俺は、うつむいて「・・・はい」と小さな声で答えた。 知らない人の前で、顔を赤くして彼女への初めてのプレゼントを買うなんてのは、 何故か異常に恥ずかしくて・・・けど、そんな自分がなんだか少しだけ嬉しかったんだ。 店を出たとき、外には白いものがちらほら舞い降り始めていた。 「雪だー!!!」「おおーーっ」・・・・彬とユウが子供みたいにはしゃいでる。 「はやく雪積もんないかなぁ。雪合戦しようよ」 「ユウはガキだなー。雪が降ったらスノボだろ」 「・・・・・はあ、そんなの彬しかできないって」 歩きながら喋ってる二人の横で、俺はゆっくり空を見上げた。 真っ白な空から、真っ白な雪・・・視界にとらえることができなくて、目に雪の粒が入った。 目を擦りながら、「最後だなぁ・・・」と、小さな小さな声で呟いた。 もうすっかり冬なんだな。俺の目は、春まではもたないと言われた。 落ちてくる雪が、カウントダウンの始まりのようで。切なさがどんどん増していく・・・。けれど。 「なぁ高槻、雪合戦のほうが楽しいよなっ??」 「いや、お前はスノボできるよな!!スキー場行こうぜ、みんなで」 二人が俺に言ってくる。 「・・・・・、いや、やっぱ・・・雪だるまでしょ」 二人がはぁ?と口を開けた。俺はにっと笑った。 楽しもうと思った。クリスマスもお正月も全部、俺の目に映すことのできる最後の季節を。 NEXT... |