「武、やっぱり時代は陸上だよ!走ろう!」 俺のことを野球バカと呼ぶくらい俺が野球好きだって知ってる癖に、やたらきらきらした顔でが言った。その顔があまりにも可愛いから、一瞬野球止めて陸上やろうかなって思っちまった。(きっと「一緒に死なない?」って言われたら死んじまう!) 「ねえ、武?」 きらきらするようなものはリップしか塗られてないのに、でかい黒目やらなにやらがきらきらしている顔のままのが、色んな衝撃で固まる俺の顔を、ギリギリまで近づいてまじまじと見上げている。あ、やべー。すっげえキスしたい。こんなところでいきなりしたら怒られるのは目に見えてるから我慢するけれど、うん、すげーしたい。ブラックホールよりずっと綺麗で可愛くて自らがっつこうなんて意思はないけれど、の唇は俺にとってはブラックホールみたいで、すごい力で惹きつけられる。何回も何回もキスしたあとでリップが落ちて、何もつけてないのと変わらない状態でだって、本当に何もつけてない状態でだって、そうだ。ちょっと薄くて、ふにゅんと柔らかい、熟れた桃みたいな色の、唇。その唇が、まだ固まったままの俺を不審に思って、何度も「武、武、」と呼んでいる。そうだ、俺、野球やめろに等しいことを言われたんだった。 「武、聞いてる?」 「ん、ああ。大丈夫、聞いてるよ。で、なんで陸上?」 「えへへー、こ・れ!」 「よくぞ聞いてくれました」と言うようにがにこりと笑って、三冊の本を俺の目の前にばばんっと出してきた。タイトルは、「一瞬の風になれ」。中身は開いてないからわからないけれど、小説、だろうな。俺は本なんて全然読まないけれど、は俺と付き合うまで本が恋人だったようなやつだし、マンガとかも人並みに読むみたいだけれど、こうやって出してくる本は全部文字ばっかりの小説だから、間違いないだろう。俺はちょっと、「またか」という気持ちになって、の笑顔に「それで?」と尋ねた。確かにちょっとだけ「またか」と思うけれど、やっぱりは可愛いいとしい俺の彼女で、例えそれがありんこの行列はどれだけ長いのかって話とか、恐竜は実は蛍光ピンクだったんじゃって話とか、もし授業でされたらクソつまんないような話でも、聞きたいし楽しく感じる。めちゃくちゃに恋してるって感じだな、俺。 「あのね、高校の陸上部の話なの。主人公もそのライバルも、出てくる人みんなすごいんだよ!本読んでるだけなのに、一緒に走った感じになるし、走りたくなっちゃった。」 さらっさらの黒髪を風に揺らせながら、が興奮冷めやらぬ、って感じで熱っぽく言った。がこうやって本を読んで、ハマって、それに影響されるのは珍しいことじゃない。よくあることだ。前も、きいろいカバだかゾウって本を読んで「田舎に住みたい」って叫んでたし、飛び込みっていう、マイナー水泳競技の本を読んだ時も、「わたし飛び込みのできる高校に行く。」とかカナヅチの癖に言ってた。バッテリーを読んだときも、(あれは俺も読んだ。野球の話ならどれだけ分厚い本でも読める。)それまで散々「そんな球投げのどこが面白いの」なんてほとんど毎日ぶつくさと言ってたのに、「武、野球ってすごいねわたし感動した!」って、毎日毎日練習あるのに、毎日毎日タオルやらなんやら持って来るようになった。ついでに、今もそれは続いてる。の心を揺るがしたのが俺じゃなくて本だって言うのがちょっと引っかかるけれど、笑顔で「武、お疲れ様!」なんて言われると、実際どうでもよくなっちまうし。あと、休みの日には、「キャッチボールってどうやってやるの?」なんて聞いてきた。はスポーツでも絵でも料理でもライフスタイルでも、感銘を受けた本のものだったらなんでもやりたがるけれど、運動神経は人並みどころか普通に歩いててもよく転ぶレベルだから、ロクにボールも飛ばせずに終わったけれど。陸上だって、体力もあんまりないし華奢だから、きっと無理だ。今ここから家までジョギングしようとしたって、絶対途中でバテる。でも、俺が「無理じゃないか?」って突っ込む前に、本をぶんぶん振りながらまた語り始めた。 「陸上本当にかっこいいよ!ただ走るだけなのに、そこにいろんなのが詰まってるの。主人公の、新二君すごいんだよ。わたしが1番好きなのはサッカーやってるお兄ちゃんの健ちゃんなんだけどね、本当にすごいの。新二君も健ちゃんもすっごくカッコイイんだよ。」 「へえ、」 「あのね、健ちゃんはすごく良いお兄ちゃんで、優しくて、強くて、努力家で、頑張ってるの。途中で怪我しちゃうんだけど、その時の健ちゃんがすごく痛々しくて可哀相で、わたし泣いちゃったもん。でも、もっと好きになっちゃった。」 えへへとはにかんで笑いながら、が本の話、というより、その本に出てくる「けんちゃん」の話をする。が本に出てくるキャラクターを好きになるのも、本に影響されるのと同じくらいあることだ。なんせの初恋の人は「ハリー・ポツター」にでてくるハリーだし。俺もダンブルドア先生とか、あの、ハリーの寮のウッド、だっけ?クィディッチのキャプテン。はカッケーって思う。ハーマイオニーも可愛い。(本じゃなくて映画観て思ったんだけれど)んー、でもなぁ。いくら紙の中の、文字でできてる人間にとはいえ、いつものこととはいえ、そんなににやけて話されちゃうと俺、嫉妬しちゃうかもしんねえぜ? 「1番好きなの?」 「なにが?」 「けんちゃん。」 思わず、そんな言葉が出てしまった。はちょっとだけ目をいつもより大きめに開いて、きょとんとしている。うわあ、俺大人げないなぁ。言ってから気付いても、遅いけれど。まだ中1だけどさ、ガキだけどさ、俺の好きとか愛してるとかは大人から見ればままごとみたいだけどさ。「本の中の野郎なんかに嫉妬の対象にもならない」とか余裕ぶって言えないのって、なんかカッコ悪いじゃん。カッコ悪いと言うか、うん、なんか、本の中の野郎に負けてる感じ。今の俺はバリバリ「が好きだって連呼して熱く語る本の中の野郎が憎い。」だもんな。だって初恋がハリーだったりすぐ本に影響されたりガキだけど、俺もガキだ。の前では大人ぶってカッコつけたいのになぁ。そう思うことすらガキっぽいけど、好きな子が自分のこといつでもカッコイイって思っててくれたり、大人だなって思ってくれたりすると、嬉しいじゃん。 「いちばんは武だよ。けんちゃんも好きだけど、チロルチョコのいちご味とか、チュッパチャップスのプリン味が好きなのと一緒。武がすきのすきは、どのすきよりもいちばんだし、あいしてる、みたい。」 春の陽気を具現化したような薄桃色に頬を染めて、花びらみたいにふわふわした笑顔で、が本をかばんにしまって俺の手を握った。なんだよこれ。の方がずっと大人だ。なんかカッコいいし。俺が嫉妬してんの、わかってるみたいだ。きっとわかってるんだろうけど。キスする時とかは俺の方が優勢なのに、こういうときはなんかの方が強いよな。俺はガキだ。そして単純だ。初恋は戦隊もののピンクレンジャーだし、すぐに影響される。でも、まだ胸とか成長途中って言ってたし、キスとかはすんげー照れるから、だってガキだ。そんなことでもじもじしてるのもいいんだけどさ。ああ、なんか言ってること訳わかんねえな。面倒臭い。もうどうでもいいや。脳みその中にある考えるための面積も、で一杯になっていく。めちゃくちゃ可愛い。すきだ。いとしい。 「当たり前だろ。俺じゃなかったら泣いちゃうな。」 「やきもちやいたー?」 「まさか。」 ふふ、とから楽しそうな声が漏れた。そんなの反則じゃないか?嘘ついて余裕ぶってる俺も反則だけど。本当、さん。その可愛さ反則です。さっきは怒られるからって我慢したけれど、ちょっと無理だわ。ま、俺、ガキだから我慢もできないし、いっか。その内俺は本のキャラクターに嫉妬なんてしなくなるだろうし、もう少し余裕だって持てるだろうし、その内は唐突に「陸上やって!」とか言わなくなるだろうし、胸だってでっかくなるだろうし、キスだって自分からするくらい慣れるだろう。 「、」 「はい?」 くるっと横を、俺の方を向いたの顎を空いてる手で軽く押さえて、その薄桃色の唇に、自分の唇をくっつけた。やっぱり柔らかい。のふわふわした感じが、俺にも移りそうだ。それに、なんかさらさらした風吹いてるし、すげー気持ちいいや。 ちょっと大人な文学少女と 大人になりたい野球少年 とりあえず今は一緒に大人になっていければいっか。 |