さあ、もうすぐ郵便局の局員がやってくる時間。私は毎日それを楽しみにしている。
なぜかというと、理由は二つ。
一つ目は今、ある男の人と文通をしていること。その人はライズといってとても優しい人。本名かどうかなんてわからないけど、そんなことはどうだっていい。私は職場でもあまり仲のいい人はいないし、友達くらいはいるけれど親友なんて今まで一人もいなくて。だからライズから毎日来る手紙がとても嬉しい。真剣な相談にも乗ってくれるし、くだらない笑い話や愚痴にまで付き合ってくれる。お互い、今日は何があったとか仕事でどこに行っただとかそんな他愛のないことしか話さないけれど。
二つ目は、毎日その手紙を届けに来てくれる郵便局員の人がとってもいい人だってこと。毎回手紙を渡してくれる際に郵便局内であったちょっとした面白い話だとか、美味しいお薦めのお店だとか、そんなことを教えてくれる人。この人も男性なんだけど、真っ白な綺麗な髪に、くりくりと大きな目をしたかっこいいというより可愛い人。優しくて面白くて、とっても素敵な人だ。その人は、アレンと名乗っていた。
ピンポーン、と入り口のインターホンが機械染みた音をたてる。
受話器をとって出ることもなく、画面で確認もせず、私は扉に向かって駆けていった。
急いでバン、と勢いよく開けると、少しばかり面食らったというようなアレンさんの顔。
「今日も手紙、届いてますよ」
「ありがとう、アレンさん」
「毎日毎日いいですね、楽しそうで。恋人ですか?」
「違いますよ、でもとても大切な人です。親友…みたいな存在」
「それはいいですね」
アレンさんは食べるのが好きらしく、今日は美味しいパスタ屋さんを教えてくれた。
いつも彼は私の家の傍とか、前に話したことのある職場の傍のお店を教えてくれる。
それはきっと車の免許を持っていない私が、そのお店にいくとき苦労しないように。
優しくて紳士なアレンさん。今日は忙しいのか、十分ばかり話すとそれじゃあ、と言って仕事に戻った。
それから私はライズへの手紙を読み始めた。私はアレンさんに恋をしている。
そして、それをライズに相談しているのだ。勿論郵便局員だとか名前なんて出していないし、ただ単に好きな人がいてどうしたらいいのだろう、と尋ねているだけなのだけど。
誕生日も好きなものも何も知らない相手を好きになるなんておかしいかもしれない。
でも、毎日声をかけてくれる優しいアレンさんに私は惹かれてる。例え他の人にも同じことをしていても。
純玲へ
今日は仕事で地方に行ったよ。景色がとても綺麗だったんだ。
でも仕事だからそんなに眺めていられる時間はなくて、残念だったな。
空がとても青くて、森の緑が映えていてね。純玲にも見せたいと思ったくらいだ。
それから意中の彼のことだけど、純玲の思うとおりにすればいいんじゃないかな。
僕がいろいろ言ってそのとおりにするのも決して悪くはないけど、でもやっぱり自分で決めて行動した方があとあとどんな結果になろうと後悔が少ないと思うんだ。
君は自分のことを内気だとかなにもできないというけれど、僕は君がやろうと思えばなんでもできると思ってる。だから、少しでもいいから自分でやってみることが大切だよ。
読み終わって、私はペンと便箋を手にとった。
ライズへ
今日また、好きな人に会いました。少ししか会えなかったけど、とても幸せだったわ。
彼は紳士で優しくて、でもちょっぴりユニークで、とっても素敵な人です。
私は内気でなかなか人になじめないのに、彼にはすぐうちとけられました。
きっと、彼の魅力がそうさせたんだと思うわ。
ねえ、ライズ。前から言ってるけど、一度あなたに会ってみたいわ。だってこんなに私の話を良く聞いてくれるんですもの、お礼をいいたいわ。それにどんな人かもっと知りたいもの。
好きな人のことで行動するのはまだちょっと難しいけど、あなたに会うのなら今すぐでもしたいと思えるわ!どうしていつもダメというの?お願いよ、一度でいいから会ってちょうだい。
そこまで書いて、ペンを置いた。とてつもなくわがままを言っているようだけど、今まで何回ものらりくらりと交わされ続けたんだもの、このくらいはっきり言わなくちゃ駄目よね。…でもやっぱり酷いこと言ってるかしら…いいえ、これくらいがちょうどいいわよ!…嫌われたりしないよね。
「えいっ」
どうかしつこいって嫌われませんように。
願掛けをしながらポストに手紙を突っ込んだ。
翌日、アレンさんはいつものように笑顔でやってきた。
「はい、手紙です。どうしたんですか?浮かない顔して」
「文通の相手にちょっと酷いこと言ったかなって…ただ会いたいって言っただけなんだけど、いつもはぐらかされるからたぶん会うのが嫌なんだと思うんです。でも私はどうしても会ってお礼がしたくて…」
「その気持ち、きっと伝わりますよ。じゃあ、僕はこのへんで。手紙を早く読みたいでしょう?」
「ありがとうございます。…ゆっくり、考えてみますね」
ギィ、と閉まっていくドアを見送って、おそるおそる手紙の封を切った。
深呼吸をする。
「よしっ」
純玲へ
そんなに純玲が絶賛すると、僕も会いたくなってくるな、その人に。一体どんな人だろう。
ちょっと妬けるな(笑)でも、純玲が人に慣れたのはいいことだと思うよ。
純玲はどんどん成長してる、大丈夫、いつかは知らない人に平気で話しかけられるようにもなるよ。
それに僕はお礼を言われるようなことはしてないよ、だからそんなに気にしないで。
僕にも愚痴を聞いてもらう時だってあったんだし、お互い様だよ。僕がいなくても純玲はなんでもできる、だからそんなに臆病にならないで。怖がったら駄目だよ、何も怖いことはないんだから。
きっと好きな人にも好かれるようになるよ、純玲はこんなにいい子だからね。
彼らしくない、微妙な終わり方をした手紙だった。
やっぱり私のことを嫌いになったのかしら。それとも会えない理由がなにかあるの?
しつこいって思われるかもしれない。でも、私はライズに会いたい。
本名なんて知れなくてもいい、でも会ってお礼をいいたい、もっとお話したい。
どうして、どうしてわかってくれないの?
ライズへ
あのね、その人は郵便局の局員でね、毎日あなたの手紙を届けてくれる人なの。
行きつけのお店とか可愛い雑貨屋とか教えてくれる、ライズみたいにいい人よ。
アレン・ウォーカーさんっていうんだけどね、女の子みたいに顔が綺麗なの。
それに人に慣れるようになったのは、ライズのおかげよ。
今まで職場の人になんて怖くて話しかけられなかったけど、今は友達もできたの。
上司との関係も良くなったし、全部全部ライズがアドバイスしてくれたからだわ。
臆病にもならないって約束する。お互い様だなんて言わないで、お願いだから一度でいいから会って欲しいの。ライズがいなかったらなんにもできないなんていわない、でもライズがいなかったら私の世界はモノクロのままだった!こんなに幸せになんてなれなかったし、恋もできなかった。
だから一度だけでもいい、会って。しつこいようだけど、私は諦めたくない。
だってアレンさんのことも好きだけど、ライズのことは凄く大事だもの!
走って走って、ポストまで走りつづけた。
雨が降っていたけど傘も差さないで、服の下に手紙をかばってとにかく走った。
ポストにつく頃には息も荒くなっていて、動悸も激しくて。
でも、それよりもドキドキした。ライズはやっぱり私が嫌いなの?会うのが面倒なのかな。
次の日、手紙は来なかった。
でもその次の日、手紙も持たずに私服でアレンさんがやってきた。
「どうしたんですか?」
「会いに来たんだよ」
いつもと違う口調に、思わず首をひねる。
でもそれは、どこかで聞いたような懐かしいような感じがして。
「誰に?」
「君に。純玲に、会いに来た」
いつもは純玲さんって呼ぶのに。いつもは敬語なのに。
「どうして?」
「君が会いたいって言ったんだよ」
くすくすと笑うアレンさんはやっぱりいつもと違う。
その雰囲気はまるで、
「ライズ…?」
「そう、僕がライズ。そして君は純玲。僕たちは文通相手で、郵便局員とその配達先の人」
「アレンさんがライズ?嘘、なんで、こんな偶然って…」
あまりの驚きに、玄関先でへたりこんでしまった。
そんな私を見てアレンさんは苦笑して、私を抱き起こした。
とてもドキドキした。彼はさも当然のように部屋の中に入って、私をソファに座らせた。そして彼はまた当然のように、その隣に座る。
「僕が始めて純玲を見たのはちょうど半年前…僕がこの辺りいったいを担当することになって、初めての日。すごく緊張していて、僕は純玲に郵便物を渡す時、思わず落としちゃったんだよね。中身は高そうな ブランド製のガラスコップで、でも純玲は全然怒らないでくれて、笑顔でいてくれて。誰にでも失敗はありますよ、って言ってくれた純玲に一目ぼれしたんだ」
おかしいと思うよね、と言ったライズ―――アレンさんに私は首を振った。
だって私だってアレンさんに一目ぼれしたんだもの、その時。
その当時は気付かなかったけれど、今ならわかる。私がアレンさんに恋をしたのは、あの瞬間だって。
「その次に届け物をした時、君はとても浮かない顔をしてた。話を聞いたら上司と上手く行っていないって…それで思いついたんだ、適当に住所を書いて文通相手を探してるフリをして手紙を送ろうって」
確かにそうだった。ライズからの初めての手紙は、誰かに届いていますか、僕は文通がしたいので、あなたがよければしませんか、みたいな内容だった。
内気な私は返事をしようか一週間迷って、結局返事を出したのだ。何か、変われるかもと思って。
「そしたら君はどんどん元気になって、明るくなっていった。ライズとしてもアレンとしても君に惹かれていって、ライズは自分なのに思わず嫉妬したくらいだった。でも君が元気になってくれたのが嬉しくて、そうしたらそのうち恋の相談が始まって。僕にとっては辛かった。君を好きになったから手紙を出したのに、その相手から別の人が好きだって言われたんだからね」
「……ごめんなさい」
「ああ、謝らないで。別に責めてるんじゃないんだ。秘密にしてた僕も悪いし、なにより郵便局員として勝手に住所を調べるなんて犯罪染みたことをしてるのは僕だから。ただ、好きな人の相談をされるたびにライズとして会うのは無理だと思った。そもそも僕がライズだってばれるのも困りものだったし、嫌われるかもしれないと思って怖かった。君に自信を持てなんて言いつつ僕は自分に自信が持てなかったんだ。でも君は昨日手紙で、僕を好きといってくれた」
それを思い出して、私は顔が熱くなるのを感じた。たぶん今私はゆでだこみたいに真っ赤だろう。
だって本人にいうつもりなんてなかったのに、結果的には告白したことになっちゃってるのよ。
ああ、なんてこと言ったのかしら。今から私、振られるの?
「…私のこと、振っても友達でいてくれる…?」
「何言ってるの、振るわけないじゃないか。さっきから君のことを好きだって何度も言っていたのは聞こえなかった?」
「聞こえてたけど、友達としてだと思って…」
「じゃあ、確かめてみる?」
なにを、と言おうとした私の唇は彼のそれによって思い切りふさがれた。
手紙越しじゃなくてライズ―――ううん、アレンと話した感想は一つ。
彼は優しいし紳士だしユニークだけど、その裏の顔は完全に男の子、だって思い知らされた。
文通恋愛
2007/04/28