2style.net




告白


潮風に、髪がさらわれていく様を、ただ何となく見ていた。
いつも通り学校が終わって、キリと一緒に海まで行こうと思っていたら、あのバカ、追試なんて受けてる。
メガネの委員会もまだまだ終わりそうにないし、七海達も部活だ。
一人で海に行こうかとも思ったが、ただ何となく、教室の窓側の椅子に座っていた。
校庭を見ると、陸上部の七海が風を切って、気持ちよさそうに駆け抜けていた。
あいつ、昔から足だけは人並み以上だったから。
そのすぐ側に、黒いボブの花先輩。ストレッチをしているその姿、いちいち流れる黒い髪。
いつからか、忘れたけれど、俺は何か特別な感情を抱くようになっていた。
もうすぐ、卒業の季節。
花先輩はどうやら推薦で、島の外の大学に通うことになったらしい。
俺はその報告を、何となく、ただ聞き流していた。
花先輩が卒業してしまった次は、俺達が受験生だ。
一年後、この島を抜けていくのは誰か、きっとメガネは優秀だから、ちゃんと進学するだろう。
七海はどうするだろうか。そういえば、あいつの将来なんて聞いたことがなかった。
俺自身、小さな野望として教師を夢見ていたりする。できればこの島で。
でも俺には学がないから、きっと親父の漁を継ぐんだろう。

「あれ、何してんの潤平」
「何だ、流歌か。キリが英語の追試だっつうから、ちょっと待ってる」
「追試?ばっかだなーあいつも」

けたけた笑いながら、流歌は机の中から本を一冊取った。
その背表紙には、『資格』という文字が見えた。

「何それ」
「え?あー、取ろうと思って。調理師とか栄養士の、さ」

意表を突かれた。そういえば流歌は、料理が好きだとか言っていた気がする。
こんな軽そうな奴でも、案外考えていたりするわけだ。
聞くとどうやら、花先輩の卒業と進学を聞いて、少し真剣に考え始めたらしい。
だから今日、流歌の姿が校庭に見えなかったわけだ。部活サボったんだな。

「ところでいいの?花先輩卒業しちゃうけど」
「は?」
「告っちゃいなよ」
「……バレバレ?」
「バレバレ。あたしはすっかり七海だと思ってたんだけどなぁ」

女って、怖い生き物だ。こいつのミーハーも助けてなんだろうが、洞察力が長けている。
告白、一応考えていないわけではなかった。ただ、できればしたくない。
自信がないのは勿論だが、それよりも関係を壊すことが怖かった。
それに花先輩は、『外』へ行くんだ。もっと広い世界を見てくるんだ。

「言うだけ、言った方がいいと思うけど。後悔するよ?」
「……だなぁ。でも、」
「うっわ、潤平がうじうじしてる!気持ち悪っ!」
「あのなぁ!」

後悔、か。
その日、その後海に行った時もずっと考えてしまっていた。
キリのバカに付き合う気分でもなく、ただぼうっと黒くなる海を見つめた。
俺の代わりに餌食になったメガネと七海が、びしょびしょになって騒いでいた。
ちらり、花先輩と流歌を盗み見ると、こっちも楽しそうに談笑している。
もうすぐ、この景色に花先輩がいなくなる。
そう考えるとやっぱり、このまま動かないでいるのはどうしても苦しい。
しばらくすると、流歌が七海に連れ去られ、薄暗い海辺には俺と花先輩だけが残った。

「潤平君、今日どうしたの?」
「あ、いや……」
「なーんか遠い目してる」

見透かされていることに、少し恥ずかしく思った。
俺は頭の中が色々と混乱して、ぐちゃぐちゃしてきて、わけも分からず頭を引っ掻いた。
もう一度、ちらりと隣を盗み見ると、その黒い髪がさらさらと流れていて、黒い瞳に淡い唇が緩い微笑を浮かべている。
一度どくんと、心臓が高鳴った。

「先輩、俺……!」
「?」

遠くで、波の音も消すくらいみんなの騒ぐ声がする。
言葉にできず、心臓ばかりがうるさくて、でもしっかり拳を握った。

「俺、花先輩が、」
「潤平君」

俺の声はそこで途切れた。先輩の鈴のような声に、思わず止められた。
するとまた、見透かされるような丸い瞳を向けられ、身動きができなかった。
息をのんだ。先輩はきっと、始めから何もかもを分かっている。
そんな気がした。

「それはきっと、違うよ」
「……え、」
「嬉しいけどね、でも、私違うと思うの」
「それは、どういう……」

よく分からない花先輩の応えに、なんだか自分がかっこ悪く思えてきた。
混乱していると、先輩はまた微笑んだ。

「まだ若いんだから、自分で考えなさい。ね?」

悪戯っぽく、にっこりと。
なんだか可笑しくて、俺も花先輩も笑ってしまった。
先輩に比べたら俺はまだまだガキだな、なんてことを思った。
海が黒く染まる。突然、その冷たい海水が顔にかかった。

「ちょっと、なんで今日潤平が濡れてないの?許せない!」
「はぁ?バカ七海、やめろ!」

言いながら俺は七海に水をかけ返した。
潮っぽい、肌にべったりと絡みつく海水。べたべたする。
泣きそうになっていた気分を、どうしてくれるんだ、この幼馴染みは。
七海に突き飛ばされて、顔から海面に沈んだ。冷たさが心地いい。
この海水に似た、潮っぽい涙を、俺は吸い取られていくかのように目を閉じた。
ああ、七海にも敵わないかもしれない。

今日の涙は、俺の秘密。


(091115)