2style.net




秘密


海まで10分、日本列島から見放されたように浮かぶ離島で、あたし達は育った。
島の高校はただひとつ、殆どの島の住民がそこを卒業している。
特別バカではないし、頭がいいわけでもないけれど、海の見えるいい学校。
あたし七海と、お隣の潤平と、大好きな先輩花さん、お調子者キリ、ミーハー流歌、それからメガネ委員長。
滅多に島から出ないあたし達は昔っからの付き合いで、何をするにもずっと一緒だった。
学校を終えて、帰宅部であるキリと潤平が海へ行く。
委員会をすましたメガネが次に、そして部活を終えたあたしと花さんと流歌が行く。
約束なんか要らない。
校門を出たら島のコンビニ代わりの『ハセガワ商店』へ行ってアイスやジュースを買う。
大きな坂を自転車で下って、潮風を感じていると真っ青な海が見えてくる。ああ、綺麗。
今日も、そこへ行くとキリと潤平がバカやって、メガネが慌てて困惑しているんだ。

「あっ七海!コイツらどうにかしてくれよ、もう僕の手に負えない」
「そんなの今更でしょ?ドンマイメガネ」
「そうよっ!で、今日は何してんの?あのバカ達はー」
「あ……制服のまま飛び込んでるみたいね……」
「はぁー?ほんっとガキ!おばさんに怒られるわよー、洗濯大変だって」

海を見ると、二人して肩まで浸かって、塩っぽい海水をかけ合っていた。
いつものようなバカさに呆れつつも、それでもやっぱりみんなの笑顔は絶えない。
メガネの苦労と、流歌の的を射た毒舌さ。花さんのふわふわした声。バカ達の笑顔。

「七海!アイス、俺にもアイス!」
「やだ。自分で買ってきなさいよー」
「げぇ、あの坂もう一回のぼるのは勘弁。な、一口!」
「やだって……あー!潤平最悪!やだって言ってんでしょ、返せアイス!」

そんなあたしの言葉にもお構いなく、潤平はあたしの手からアイスを奪って食べた。
いつからだったか、忘れてしまったけれど、いつからか、あたしが潤平を見る視線が変わってしまった。
一緒にい過ぎて、当たり前みたいだったけど、自分でも気付かないうちに変わっていたんだ。
きっと誰も、ここにいる誰一人、それに気付いてはいないだろう。

「ああもう、潤平に付き合ってたら汗かいた」
「元気ね、みんな。若いわぁ」
「花先輩、いっこしか変わんないですよ!それに七海が野蛮なだけですって」
「……誰が野蛮よ、野生児」

だけど変わってしまったがゆえに、気付いてしまうこともあった。
それは潤平の視線も、いつの間にか変わっていたのだ。
花さんが笑うと、潤平が笑う。潤平が笑えば、花さんはもっと笑う。
じくじく、ずきずき、胸が圧迫されるみたいだった。
花さんは、部活の先輩で、美人で優しくておっとりしてて、すごく、可愛い。
あたしの憧れ。

「なあなあ、今晩ここで花火しねえ?」
「おっキリが珍しくいいこと言った!」
「なんだよ珍しくって。じゃあ流歌が買ってこいよ、花火」
「いーや!女の子にあの坂のぼらせる気?ここは公平にジャンケンでしょ」
「あのぅ、僕今日塾が……」
「問答無用。全員強制参加!」

一日くらいサボっても構わない、というキリにメガネは「もう四回目」、と溜め息をついた。
そんなこっちの花火計画にもお構いなしに、潤平と花さんはずっと喋っていた。
あたしはいつの間にかその「輪」から外れていた。
痛い、小さい頃傷口に海水が入ったときのことを思い出していた。
あの時は確か、潤平が泣き続けるあたしをおんぶしてあの坂を上って、家まで送ってくれたんだ。
何度も助けてくれたその手は、今、花さんの為の手になりつつある。
そうして思い知らされるんだ、ああ、これが好きってこと。
グー、とパー。

「……あ、」
「よっしゃー!七海、花火宜しくな!」
「一人で大丈夫?私も一緒に……」
「ダメっすよ花先輩。夜道は危険です!七海は男っすから」
「うるさい、溺れてしまえ潤平」
「潤平最悪。あたしが一緒に行こうか?七海」
「いいよ、大丈夫。潤平、金。割り勘し切れない分は潤平持ちで」
「はぁー!?しょうがねえな……」

海が、だんだん黒くなる。沈むような、真っ黒な海。
ぞっとするのに、綺麗な波の音。静かな、静かな悲しい音。
空は、星が見えるくらい綺麗で、絶好の花火日和。
一人、自転車を手で押して坂を上った。
影が、海が、空が、黒く染まってしまう頃、あたしは一人、泣いた。
潤平。
花さんが、もっと悪い女だったらよかったのに。
花火を買って、今度は自転車で一気に下りていく。この大好きな潮風で、頬を乾かすのだ。
小さな島の夜空に、大きな打ち上げ花火が散っていった。
これは、あたしだけの秘密。


(090820)