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 真夏の大会で、僕らが大敗してしまったのは苦い思い出。
「先輩の引退、毎年花と色紙贈ってんだわ」
 そう言ったのは二年の先輩。僕は、大敗したにも関わらずその一言に思わず頬が緩む。



不埒な約束



「承りました」
 偽物っぽい敬語でにやりと笑いながら、陽子さんはそう答えた。
 僕は、先輩から花を用意する係を買って出た。あれやこれやと提案する陽子さんの花はどれもキレイで、僕は予算を提示するだけ。
 毎朝気だるげに店先に立ってはいるものの、お店を開いてからの彼女は、どこか楽し気で。きっと花が好きなんだ。
「でも、野郎同士で花を贈るって、すてきな風習ね」
「はい。あ、でも他にもありますよ、野郎だらけの色紙とか、三年対俺らのガチ試合とか、あとは監督と顧問のおごりで焼き肉とか」
「ふふ、面白そう。若いっていいな」
 注文書を書く僕を眺めながら、陽子さんは微笑む。ああ、字の汚い自分がこのときすごくいやになった。
 近頃は、わりと自然に会話できるようになったと思った。ただ、眺められていると意識してしまえば一瞬で身がかたくなるだけで。
 たぶん陽子さんは、そんな僕に気づいていて、敢えて意地悪く僕を眺めている。
 だって、顔がにやついているから。それはそれは悪い顔で。
「あたしね、実は高校いってないの」
 ぽろり、陽子さんは何でもないようにその言葉を落としてきた。
 実際何でもないのかもしれない。だけど僕には、何でもない「ように」言っているように見えた。
 僕も、何でもないように返すつもりだったのに、情けない。全然言葉が出てこなくて、開きかけた口から空気だけが吐き出される。
「ほんっと問題児だったからさ、それにこの家で働くのも悪くないって思ってたし。でもやっぱりちょっと羨ましくもなるんだ。毎朝蓮くんを見てて思った」
 ふと、陽子さんはペンを握る僕の制服の袖をなぞった。ぞくりとした。
 直接皮膚に触れてさえいないのに、その指の軌道が僕の背筋を、全身を震わせる。ああ、熱っぽい。
「一回だけね、妹の制服勝手に着たこともあるんだ」
 照れたように、白い歯を見せて微笑む。一瞬で想像してしまった僕はすこし自分を恥じた。想像、早すぎ。
 ああ、でも、あの真っ白のセーラー服に身を包んだのだろう。紺の一本線の、紺のスカーフの。
 その白くて細い足を、あの襞だらけのプリーツスカートに隠して、きっとこの坂を上る。
 あの小さな妹さんのだったら、スカート丈はもしかしたら短いのかもしれない。
 僕は想像を止めた。
「お花、配達してもらってもいいですか」
「え?ああ、いいけど……この距離?」
 花屋と学校は、この一本の坂ひとつだけ。
「高校、来てください。体育館に」
 僕を、からかうような表情が一転。大きな瞳をもっとまんまるにして。
 彼女は言う。
「承りました」

(160125)