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 きっと誰も知らない、僕たちの関係は、気付いたら夏を迎えていた。
 店先に、向日葵が咲いていた。7時30分、それでも太陽はアスファルトを焦がす。僕は時の流れを感じた。高校生になって、初めての夏制服。重たい黒の学生服を脱いだ。
 まだ真っ白のシャツが風に膨らむ。
「おはよう、少年」
 夏になって、その人は黒のタンクトップに短いホットパンツという格好で、惜しげもなく肌を露出させた。その白さに少し驚き、眩しくて目をそらした。「おはようございます、花屋さん」と、僕は目をそらしたまま答えた。彼女がすこし笑った。ああ、暑い。
 ぼうっとしているうちに、夕方になり、また朝がくる。
 僕の記憶は、あの人ばかりを刻んだ。
 時の流れが、はやい。
 奇跡が、起きたりしないだろうか。奇跡が。



「少年、ちょっといいかな」
 奇跡だった。
 その日、僕は高校に入って初めて寝坊した。毎日、朝夕、バレー部の練習に明け暮れる僕だったというのに。お店の前を通ったのは8時過ぎだったと思う。結構遅刻ぎりぎりだ。
 だけど、あの人に初めて話しかけられたら、正直遅刻とかそんなこと頭から吹っ飛んでしまった。
「……は、い」
「ちょっと悪いんだけど、3-2の矢代って子にこれ、渡してもらえないかな」
「え?」
 それは、ピンクのチェックの、可愛らしいランチバック。お弁当だ。
 すこし、混乱していると、彼女は煙草を揉み消して僕の手に乗せた。
「悪いね、妹なんだけど。今日弁当忘れて行って」
「妹、さん……あ、はい。いいですよ。3-2の矢代さん……」
 ――矢代さん。
 そうか、この人、矢代さんっていうんだ。
 彼女の名前を聞くことができた。今日はなんていい日なのだろうか。
 感動して立ち止まっていると、矢代さん、は、お店の脇まで行って僕を手招きした。
「お礼っていうか、はい。この自転車貸してあげる。今日は寝坊したの?」



の自転車



 水色の自転車。向日葵のキーホルダーがついた、鍵。夏の色。僕の、少しはねた後ろ髪を指さして、ふわりと笑った彼女のバックは、青空。
 今日も、花はきれいだ。
 「あ、ざす!」僕はこれでもかっていうくらい頭を下げて、全速力で自転車を漕いだ。


(151024)