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 店先に並ぶ花は、今日も、きれい。
 毎朝、7時30分。店を開けるには早いだろう時分、僕は店の前を通る。学校まで続く緩やかな上り坂の途中、そのお店は半分シャッターを開けて、そこから少しだけ、綺麗な花が顔を覗かせている。
 そして、7時30分は。
 あの人が店先に立っている時間だ。
「おはよう、少年」
 寝起きなのだろう、だらしないシャツにジャージ姿で、明るい髪色を朝陽が照らす。いつも決まって腕を組みながら煙草を蒸かす。何とも気だるげに。それでも毎朝聞こえてくる、「おはよう、少年」という澄んだ声に、僕の頭は覚醒する。
「おはようございます、花屋さん」
 彼女は目を細めて微笑む。それが僕らの朝。
 そして、17時30分、ちょっと過ぎ。
 シャッターは完全に上がり、お店のスライド式ドアも開け放されている。花たちが皆、こっちを向いて。そのお店の奥で、僕には名前も分からない花を束ねる、あの人がいる。今朝のあの人とはまるで別人のように、紺のエプロンを纏って、髪も結い上げられた姿で。
 僕の、真っ黒の学生服を目の端に留めると、こんな距離じゃまるで聞こえやしないのに彼女の口が動く。
 「おかえり、少年」と。
 僕は小さく、会釈をして。心の中で「ただいま、花屋さん」と唱える。それが、僕らの一日。
 花に囲まれる、あの人、名前も知らない。
 店先に並ぶきれいな花たちと一体化して、こちらに顔を向ける、きれいだと思う。



高一の



 明日も、また、7時30分。
 僕は毎日、なにかの奇跡を期待しながらゆるやかに坂を上り、そして下る。
 高校一年生の、僕の、淡い恋。


(151024)