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きれいになったと、春風にざわめく桜並木の中、あなたはそう言った。

この町の景色はもうずいぶんと久しぶりで、本当は、二度と来ることなんてないと思っていた。
時間が止まったままだ。
最寄駅なんて最寄じゃないし、たまのデートはショッピングセンターへバスを乗り継いで行った。
高校なんて自転車で一時間もかけて通った。田舎くさい、白の三本線が入った紺のセーラー服を着ていても可愛いと言った。
がたがたの田圃道に何度、自転車のタイヤを交換したことだろう。その時は二人乗りして送ってもらった。
二時間に一本しか来ないバス停の、ぼろぼろの屋根の下で雨宿りして、そこで初めてキスをした。
そんな景色を再び訪れて、なにひとつ変わらない、あのままの姿をしていた。

「誰か分からなかったよ、この町に、そんな格好してる人なんていないから」
「そうね、間違えた。ヒールなんてやめるべきだった。歩きにくいね」
「突然どうしたの、全然帰ってこないって、お前の母さん寂しがってたぞ」

大学進学と同時にこの土地を捨てた。
学生時代は度々帰ってくることもあったが、社会人になってからは一度も来ていない。何年ぶりだろう。
ああ、一度だけ。
結婚を決めたあの時、挨拶のために一度だけ帰ってきた。
あの日は猛暑で、またヒールの高いサンダルを履いてきて後悔した覚えがある。
しかし、勿論、今日はひとりだ。

「うーん、なんとなくかなぁ」
「珍しいね、ホームシックにでもなった?」
「そうだねぇ」

桜並木の道を歩きながら、茶化すような彼へ、曖昧に言葉を返す。
こうやって、ゆっくり誰かと歩くのはいつぶりだろう。都会は忙しなく、徒競走でもしているようだから。
今日は時計も見なくていい。いつも何かに縛り付ける携帯の電源も切った。堅苦しいスーツも脱いで、自由に服を着る。
真っ青な空を見上げ、陽の光に目を細める。

「ねえ、今、何してるの?」
「俺?俺は親父と仕事してるよ。毎日酒蔵にこもって美味い酒造ってる」

白い歯を見せて笑うその顔も、昔のままだった。
「そっちは何だっけ、化粧品会社?」、「そう、周り女多くて疲れちゃう」なんて、他愛ない話をしながら坂道をのぼる。
この坂道は、覚えている。降り積もった真っ白な雪の上で、私たちは未来を語った。
未来を、愛した。

「ねえ、私さぁ」

この町を捨てて、逃げて生きてきた、私を。
本当は瞼の裏にいつでも蘇っていたのに、それに気付かないそぶりをしてきた、私を。
あなたを信じることをせずに、都会の喧騒の中に未来を求めた私を。

「離婚したの」

あなたは、きれいになったと、そう言った。

「うん、だから、待っていた」

だから、きれいになったと、そう言ったんだ。


この桜並木の道の上で


君のうわさを、君の母さんから聞いた。
無人の改札を通ってきた君は、あの見ず知らずの男と一緒じゃなかった。
きれいになったよ、自由な君は。



(140725)