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欲しいだけ愛して
愛して欲しいだけ

「好きだなんて、一度も言っていない」
「うん。そうだね」

どんよりした空から、小さな雨粒が降ってくる。
地を弾くかすかな音にも、彼女の声にも、すべてに耳を傾けた。
湿気た煙草を抓んで水溜りに落とし、踏みにじって、僅かな火にトドメをさした。
静かな世界だ。

「だって、言いたくない。そんなこと」
「うん。そうだね」

ポケットに手を突っ込んで、煙草の箱をあさって、最後の一本を手繰る。
うまいこと点いてくれないライターを、放り投げて、火もない煙草を咥えた。
そうすると、ゆっくりとした動作で、彼女がライターを寄越す。
受け取らずにそのまま口を近づけ、しかし彼女は軽く俺の顔を叩いて、無理矢理握らせた。
自分でしろ、とでも言いたげな、真っ黒な瞳が俺を睨む。
火が点いた。

「本当は、あんたのこと、好きじゃないつもりだし」
「うん。そうだね」
「好きだとしても、きっとそれは、ただ、愛したかっただけで」
「うん。そうだね」
「好きだから愛したんじゃない。愛したいから、好きにならざるを得ないの」
「うん。そうだね」
「だから、口になんか出したくない」
「うん。そうだね」

ライターを返すと同時に、彼女の瞳から涙が落ちた。
なんとも静かな動作だった。
染まった茶色の髪が、揺れ動いて、俺を見る。
白濁を吐く。

「愛したいという欲求は、摂理だ。愛してほしいということも」
「あんたのそういうとこ、嫌いだわ」
「そう、嫌いになるのも」
「言わせないでって、言ってるでしょ」

顔を少しも歪めないまま、彼女の瞳から涙が落ちる。
雨脚は強まるばかりだった。
薄い煙に巻いた冷たい冷気が、それを突き破って頬をさす。
ため息と、白濁を、吐く。
少しでよかった。けれど、力余って、勢いよく彼女を引っ張った。
俺の胸元で、彼女が咽び泣くのを聞いた。
静けさが破られる。

「摂理でもなんでもいいわ。だから、愛して欲しい」
「うん」

その言葉を聞いた俺が勝者だ。




(111110)