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道標


―――あのとき言えなかったことすべて、今もずっとここにある。

流歌はなんとか専門学校通って、毎日作っては食べてるって、この間メールに書いてあった。
メガネは卒業後、理系の名門大学に行ってきっと相変わらず勉強に励んでいるんだろうな。
キリは、昔っから親父さんの漁を継ぐんだって言って、今もきっと海に船浮かべて、元気にやっているんだろう。
花さんとは何度か会ったけど、いつまでも綺麗で可愛くて、大学卒業後就職して、去年結婚もしていた。
潤平はどうやら、バカなりに頑張って教員免許取得に向かっているらしい。
みんなそれぞれ、どこかで頑張っている。
あたしは。

「ナナミ!」
「はい、行きます」

深呼吸をひとつして、目を閉じた。
そしたらそこには、変わらないあの島の景色が浮かんでくる。
波の音、鳥の声、静かな風、船の音、みんなの声。
そう、あたしはずっと走っている。
高校時代、なんだかんだいくつもの大会に出場し、好成績をおさめてきたあたしは、ついに日本代表の座を手にした。
グラウンドへ入場すると、まぶしいライトを浴び、大きな歓声を聞く。
いくつものカメラがあたしに向かい、たくさんの視線を感じる。
だけどあたしは、あの日のあの島を、ずっと思い浮かべながら白線を踏んだ。

「七海ー!」
「……え、」

聞き覚えのある声に振り返ると、そこにいたのは派手に騒ぐ流歌だった。
そしてその横に、真っ黒に焼けて、逞しくなったキリ。
少しばかり男らしくなっても、相変わらず心配そうにそわそわしているメガネ。
夫と、息子を抱えながら微笑む、きれいで可愛い花さん。
いじわるそうな顔をしつつ、なんだかんだスーツの似合ってきた潤平。
ああ、なあんにも、変わってないね。

「On your mark」

あたしの脳裏に焼きついた、あたしたちのあの島。
海まで10分、日本列島から見放されたように浮かぶ離島。
穏やかだったり荒れ狂ったり、夜は不気味に真っ黒に染まる海。
ハセガワ商店と高校の間からまっすぐに落ちてゆく、長い長い坂。
潮風が凪いで、鳥が鳴いて、毎日元気な親父さんたちの船が浮かぶ。
約束もなしにみんなで集まる、あの砂浜。バカ騒ぎしたあの海。
そこで育った、あたしたち6人。
あたし七海と、お隣の潤平と、大好きな先輩花さん、お調子者キリ、ミーハー流歌、それからメガネ委員長。

―――パァン!

なんにも、変わってないね。
あたしはただ走るんだ。毎日、毎日、走り続ける。
今日は、言えるだろうか。
まだ若くて、どいつもこいつも幼稚で、バカでどうしようもなかったあたしたちだけど。
あのとき言えなかったたくさんの秘密を、
今日は言えるだろうか。

きっと、いえないだろう。

「あぁ、くやしいっ!」
「まあまあ七海、惜しかったじゃん!」
「そうよ、十分すごいわよ」
「仕方ないですよ、日本人は足が短いし」
「おっメガネ、言うようになったじゃねーか」
「見ろ、七海のあの顔。今のうちに謝ったほうがいいぞ」

何度も悔しさを憶えて、喜びを感じて、あたしたちは大きくなった。
きっとこの先もこのまま、何一つ変わることのないあたしたちがいるのだ。

「でもまだまだ、走るんだろ?七海」
「そんなの、潤平に言われなくたって」

あの島の、あの日々を思い描いて
あたしは今日を走ってゆこう。


(110120)