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爛漫


はる、らんまん。
また一枚、桜の花弁が散った。
淡々と進められていく授業を、ただ何となく耳に通す。
視線はずっと窓の外。きつい潮風に、花弁が揺さぶられる。そして散る。
はる、らんまん。
眺めた現代文の教科書の、ある一行にあった文字。春爛漫。
『春爛漫といった公園で、私はただ一人ベンチに座っていた。』
同じく春爛漫、らしい外の桜を見て、気付かれないように小さく溜め息を吐いた。
なにが、爛漫か。
悪態を吐いてしまう自分を自嘲気味に笑い、また黒板を見た。おっと、ノート取らなきゃ。
右隣の眼鏡は懸命にノートを取り、辞書を駆使し、一言一句聞き逃さないと言わんばかりに先生を見ている。
そして前に座るキリは、また追試に追われているのか。英語の勉強をしているようだ。
そんなキリの隣にいる潤平が、焦るキリにちょっかいを出し、そして先生の鋭い一声がかかる。
いつものこと。全くバカな男たち。
ふ、と。左に座る七海を見た。
ああ、この子が一番バカかもしれない。誰の視線も気にせず、真横の外を眺めている。
きっとその視線は海。太陽に照らされて輝く、真っ蒼な水。
高校三年生に進級したあたし達は何一つ変わらない。一応、受験生だというのに。
あたしは机の中に静かに置いてある分厚い資格の本を、ゆっくり撫ぜた。
はる、らんまん、か。
ははは、春など憂鬱で仕方ない。

「七海、七海」
「んー?」

呼びかければ、抜けた声が返ってくる。
そして未だまどろみの中にいるような瞳が、ちらりとあたしを見る。
実はあたしは、この瞳がすこし苦手だったりする。
恐ろしく綺麗すぎて。

「ね。夏にカオル様のライブあるんだけど、行かない?」
「え、行かない。海渡って電車乗るなんてイヤ」
「えぇ、この引き篭もりー」
「地元を愛してると言って」

あたしの大好きな人気アイドルグループのCDジャケットに目もくれず、七海は眉を顰める。
まどろみから漸く戻ってきたようだ。安心した。
しかしどうして、こんなにかっこいいイケメンなのに。
ああ、この子が見ている男は一人だけね。
そしてその男に視線を移す。最早キリをいじるのに飽きたのか、机に突っ伏していた。
この、能天気。結局花先輩には何も言ってないんじゃない。
今度は盛大に溜め息を吐くと、また外の桜が散るのが見えた。まるであたしが飛ばしたみたい。
はるらんまん。はる、らんまん。
口を窄めて、息を吐く。もう、早く散ってしまえ。
特に来年の春は。
ああ、やめよう。考えるだけで恐ろしい。視線を反対に向けて、眼鏡に消しゴムを投げる。
「痛い!何すんだよ、もう」なんてぐちぐち言いながら、投げ返してくるのをキャッチ。
思ったより力強いその反発に、イラっとしてキリにまた投げた。

「いってーな!小学生か、お前は!」
「ちょっと、アンタに言われたくないわよ!」
「いっ!何で俺に投げるんだよ!弄られるのはキリと眼鏡の役だろっ」
「眼鏡だけにしろ!」
「もう!投げるなよ、授業中だろ!」
「いったぁ!眼鏡最悪、女の子の眉間に当てんじゃないわよー」
「よし、いいぞもっとやれ眼鏡」
「キリうざいんですけどー」

バカ騒ぎがだんだんと大きくなっていく。
フェイントをかけて潤平に投げた消しゴムが、今度は七海に投げられる。
まどろんでいた七海は、思い切り前に座る潤平の椅子を蹴り上げた。
ガツン、大きな音がして、消しゴム戦から七海と潤平の言い合いに変わる。
こうなったときの七海があたしは好きだ。はつらつと、らんまんとしている。
まどろんで儚げな瞳。熱っぽさを含んだような、艶やかに見えて綺麗な瞳が苦手。
外の桜など散ってしまえばいい。彼女のらんまんには敵わないのだから。
はる、らんまん。
心配なんだよ、親友にその一言が言えない、意外とシャイガールの秘密。


(0100203)