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御手紙





拝啓  A様

随分、御手紙を差し上げることもできず、もう北風が吹き荒んでいますね。
長いこと、この一通を送ることができず、御心配をおかけしたかもしれません。
ただ、僕は、あなたにこの御手紙を差し上げることを、すこし躊躇していました。
本当は、今この御手紙を、お送りするべきではないと、思っていました。
なぜなら僕は、弱い弱い人間だからです。
きっとこのまま、あなたと文通を続けてゆけば、きっと、あなたを不幸にしてしまう。そう思ったからです。
僕は弱い人間です。
あなたに、真実を告げる勇気もありませんでした。
ですが、やはり僕は、さいごのさいごまで、あなたを哀しませたくはないと思い、決意したのです。
僕は、とてもひどい病魔に侵されているのです。
どうしてもあなたに心配をかけたくないと思い、今まで大したものではないと言いました。
しかし、それも限界、でしょう。
近頃では身体を動かすことすら辛く、字を書くにも歪んでしまい、さぞ読み辛いことでしょう。
僕は、この御手紙で、あなたに、お別れを告げることになります。
どうぞ、こんな僕を恨んでください。
今まで沢山の嘘を、平然に吐いていた僕ですから、あなたは僕をお嫌いになるでしょう。
それでいいのです。そうであってください。
僕は、僕の人生、ずっとあなた一人をお慕い申し上げておりました。
それだけで、充分。僕は幸せ者でしょう。
ですがあなたは、こんな、嘘吐きで弱い僕一人の男に、固執してはいけません。
別れの言葉ひとつ、愛の言葉ひとつ、直接告げることのできない男です。
悔しいものです。今この指が、目が、二十年という短い時間で、もうなくなるのです。
もし僕が、こんな病魔にすら打ち勝てる男でしたら、毎日あなたに愛を告げられた。
こんな、数枚の紙なんて要らず、直接触れることもできた。
本当は、今すぐにでも、そうしたいと思ってます。僕も人並みの男なのでしょうか。
ああ、もう一度、だけでもいいから、あなたの白雪の肌に触れ、その綺麗な黒髪に指を絡めたい。
死が怖い。ああ、恐ろしい。
さいごの御手紙に、なんと情けない姿を見せてしまったのでしょうか。
やはり僕は、だめな男です。
これで、さいごに致しましょう。
お慕いしておりました、心から。どうか、末永く、そしてお幸せに。

敬具



―――のち、すこしして、彼は安らかにゆきました。
さいごの御手紙は、投函されることもなく、急を聞きつけて駆けつけると、彼の手にあった御手紙です。
享年二十歳。
病魔も知らされぬまま、わたくしは、ただ呆然と、眠る彼を見つめるほかありませんでした。


(091202)