デスコミュニケーション




 臨也は訳の分からないことばかり言う。恐らく有する言語が違う。
「俺の名前も知らないくせに」
 ほら、また。嘲るように自嘲するように、要はいけ好かない表情で静雄を見ている。身長差故に見上げている筈なのに、臨也はいつだって人を、静雄を見下そうとする。
「何言ってんだ」
 お前は折原臨也だろう。高校の入学式、新羅が確かにそう言った。今更何を馬鹿なことをほざいているのか。あぶく程も語彙を持つくせに、臨也が静雄に吐く暴言は、大抵が子供の悪口程度にしかなれない。臨也いわく、頭の悪い静雄でも理解できる言葉となると極端に限られてくるからだそうだ。時折こうやって、酷い言いがかりまでつけてくる。それにしたって自分の名前まで否定し出すとは、いよいよ救いようがない話ではないか。(救い?誰への)
 俺はね、と臨也は言う。
「俺はね、君のことは何でも知ってる。不愉快で不可抗力だけど仕方ない。君のすべてを知っている。知った上で断言出来るよ。俺は、君が、嫌いだ。君の同情すべき点を知っている。君を形成してきたものを知っている。業も孤独も、そうだね、長所すら、ようく知っている。君がどれだけ家族を大事に思っているのかも、毎年八月三十一日にさみしくなるのも、土曜の午前がいっとう好きなことも。それに俺たち、付き合いもなんだかんだ、長くなるだろう。それでも情の一つすら芽生えず、絆されることもなく、俺は君が嫌いだ。対して君はどうだろう。一目で俺を嫌いになった!それ、以来。君は俺を何一つ知ろうとしなかった。俺の好きな食べ物は?好きな季節は?好きな言葉は?ねえ、何も」
 知らないだろう、と静雄をせせら笑うのは、ともすれば糾弾しているようにも縋っているようにも見えた。勘弁しろよと苦く思う。臨也の言葉は裏返さずとも懇願が見て取れた。酷い責任転嫁。
(臨也を情報屋たらしめたのは静雄である。彼らに自覚は無い)
 一方的に責められるのは好かない。静雄もまた口を開く。
「そうだな俺は手前のことなんざ殆ど知らねえ。いけ好かねぇ外道だってことさえ知っていりゃ十分だろう。もしかしたらお前は本当はとても妹思いで、努力家で、募金箱に万札入れるような善い人間なのかもしれねえ。百人を罠にかけて不幸にしている一方で、一億人の夢を叶えて幸せにしてやってるのかもしれねえ。でもよぉ、だったら、なんだって言うんだ?俺は手前のことを何も知らねえが、知らないままでも大嫌いになれる。それはそれで揺るぎ無いことだろうが。何の理屈も並べ立てる必要がないくらい、俺は手前が嫌いだ」
 覆せない感情というのは希少である。友情も恋愛も信頼も、常に反転しうるものであるというのに。ただ平和島静雄と折原臨也の間にのみ、永遠と、不変が横たわっている。
(間違ってはいけない。誤解してはいけない。この会話は全て殺し合いの一環である)
 静雄は臨也のことを知ろうとも思わない。知りたくないとすら思っている。弱みですら、ただの一片も。一種の防衛本能なのかもしれない。けれどただ一つ、静雄は臨也の名前だけを知っている。
 静雄は知っている。
「名前を知らないのは手前の方だ」
 どんなに甘く美味であっても、情報とは、秘密とは有毒である。臨也の知る無数と、静雄の知る唯一は、ほぼ等しく致死の一歩手前を示している。




二〇一一 長月六日




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