「君のことが―……」
今まで耳にしたことがないほど甘い響きだった。
思わず怯んでしまう。
じんじんと体が熱くなり、その熱がエドワードの頭を混乱させる。
これは自分が待ち焦がれていた言葉ではないか。
答えないと。
答えないと。
いつだって用意して、飲み込んでは見えないように隠してきた、あの言葉を言わなければ。
さあ―


ヴォイス



「…―嘘だっ!」

ガバッと体を起こす。
エドワードは自分の状況を確認する。東方司令部の宿舎のベッドの上だ。
昨日はホテルがどこも空いてなくて、仕方なく軍の厄介になったのだ。瞬時にそこまで頭を働かせる。
そして、先ほど夢の余韻に舌打ちをした。わざわざ夢に現実を持ち込まなくてもいいだろうに。
「あーもう、俺のバカ…!もったいねー」
ぶつぶつ呟きながら、エドワードはベッドから下りた。
身支度を整えていると、朝だというのに気分が沈んでいった。
何て浅はかなんだろう。
そんなこと、例え世界がひっくり返ったってありえない。夢でも現実でもありえない。
小さなチェストの上にアルフォンスからの書き置きがあった。
どうやら先に出かけてしまったようだ。落ち合う時間と場所が書いてあった。
時計を見ると、午前9時前だった。どうやら、少し寝過ごしたらしい。
小さく息をつくと、エドワードは部屋を出た。そしてドアの鍵をかける。
そこで無意識にため息が出てしまう。
この鍵を返しに行かなければならない。
エドワードがホークアイに渡そうと決めたときだった。

「やあ。ようやく起きたのかね。悠長なものだ」

マスタングがいつもの人を小馬鹿にしたような表情で、ドアのそばに立っていた。
何て間の悪さだ。エドワードは思わず頭を抱えてしまう。
そんなエドワードの様子を気にも止めずに、マスタングは続けた。
「嬉しいだろう?朝から私に会えて」
「はぁ?」
「おや、違うのか?わざわざ私の執務室に寄らなくてもよくなったじゃあないか。私の優しさだ。感謝したまえよ」
そう言って、すっとエドワードの手からマスタングは鍵を取った。

「さて、と。私の用事は済んだな」

鍵をズボンのポケットに押し込むときびすを返す。
そのままスタスタと歩いて行ってしまう。
エドワードは唇を噛む。最低な現実を突きつけられた。
「おはよう」も「また今度」もない。名前すら呼んでもらっていない。
交わした言葉は一方的な皮肉だけである。
エドワードはマスタングとの距離を痛烈に感じた。
わかっていたことだ。
マスタングが自分を子供扱いしていることくらい。
エドワードの視線の先に自分がいることに気づいていることくらい。
それを流していることくらい。
エドワードは顔を上げた。
この先、何があろうと絶対にマスタングに弱みを見せるものか、とその背中を睨みつける。
だからマスタングには聞こえないよう、小声で呟く。

「……いってくる」

するとマスタングの左手が上がったのだ。
エドワードは目を見はる。

「いつでも帰ってきたまえ、鋼の」


その声は夢の中で聞いた響きに、とてもよく似ていた。

08.4.8



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