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あれは、最低でも5年は過去のことだったと記憶している。
僕たちが最初の武力介入を行った、そのすぐ後のことだったから。






***






いつもの通り、消灯を間近に控えた夜中のトレミーを端末を片手に展望室へと向かっていた。
僕は一面が窓になっているその部屋が大嫌いだった。
人工のリングを纏い、見せかけばかり美しい青に輝く星が否応なしに目に入る。
僕はその星が――地球が、大嫌いだった。
人間の姿をそのまま映し出したようなその星が大嫌いだった。
愚かに争いを続ける人間が大嫌いだった。
イオリア・シュヘンベルグの計画通りに、ヴェーダの提唱するプランに従って、この世界に変革をもたらさなくてはならない。
そう固く信じていた。
僕の最も嫌うその星が最もよく見える部屋にわざわざ足を運ぶ理由は1つ。
同室だったアレルヤ・ハプティズムがホログラムの光がある中では眠れないと訴えていたからだ。
ホログラムの光に限らず人工の光の中で眠ることができないというのは後に知った話である。
体格の割に頼りにならない印象のあるアレルヤも、れっきとしたガンダムマイスター。
寝不足で集中力が欠け、ミッションの遂行率が低下しては困る。
しかし情報の収集・検証はしなくてはならない。
その2つの間をとり、アレルヤが来てからは居住スペースから最も近い展望室でそれを行うことにしていた。


「また来ていたのか」
「ティエリアこそ」

目の前に広がる宇宙から視線を外したはにこりと微笑み、また視線を外に戻す。
僕はドアに近いソファに腰掛けてその様子を横目で窺った。
どこか虚ろに見える瞳には青い光が映りこんでいた。
それが不愉快だと感じたのは今でもはっきりと覚えている。
あの頃の僕は人間の心の機敏に疎くて、その理由がまったくわからなかった。
ただ漠然と不愉快に感じた、それだけだった。


君が何故いつもそこにいるのか俺には理解できない」

気づけば言葉が落ちていたなど、初めての経験だった。
僕から話しかけられたことではひどく驚いていたが、それと同じくらい僕自身も驚いていた。
こんなわざわざ聞く必要もないことを口にしたのはまったく初めてだった。
数回ゆっくりと瞬きをし、考え込むように唇に指を当てる。
何でもないの仕草が不思議と落ち着かず、発言を撤回しようとしたその矢先にが指を鳴らした。

「好きだからだよ、きっと」

まるででまかせにしか聞こえないような冷めた表情でさらりと告げられた言葉は僕を苛立たせるのに十分なものだった。

「君は今『好きだ』と言ったが、君の今の表情はとても愛しい物に向けるものではないように思えるな」
「合ってるよ、これで」

真っ直ぐに僕に向けていた目を伏せ、地球へ向ける。
そこにあるのはやはり青い光を映したどこか虚ろな瞳。
まったくわけがわからなかった。

「ティエリアはさ、好きなのにどうしようもなく憎たらしくなる時ってない?」
「…それは好きだと言えるものなのか」
「……愛と憎しみは紙一重、って知ってる?」
「耳にしたことはあるが理解はできない」
「………うん、ティエリア、人でも物でも何でもいいから好きなものってある?」

質問していたのは僕のはずだったのにいつの間にか立場は逆転し、僕が質問攻めにあっていた。
あの頃のは僕を相手に無駄口を叩くことなどなかったからこれも答えに結びつくものなのだろう、そう判断して暫く考える。

「…ないな」
「じゃあ多分わかんないよ、人は経験したことしか理解できないから」

考えた末の答えをばっさりと切り捨て、はふわりと僕の前に身体を滑らせる。
そして見たこともないほどに美しく微笑んで言ったのだ。

「                   」

僕の前で止まったように見えたのは錯覚なのか現実なのか、気づけばの身体は半分ほどドアの外にあった。
声をかける間もなくドアは閉まり、地球を背に笑んだの姿が網膜に焼きついただけだった。





***






「あれー、アーデさんこんな所で何してるんですかぁ?」

ミレイナの間延びした声が展望室に響いた。
振り返ればそこにはやはり予想通りの姿があり、きっちり巻かれたツインテールが耳の横で揺れている。

「何でもない」
「そうですかぁ。
てっきり……うふふっ」

何が楽しいのかくすくすと身をよじるミレイナに呆れた視線を投げかける。
続きを促せば恥ずかしそうに頬を染めて(それでも顔は好奇心に満ち満ちている)、期待を含んだ声が返ってきた。

「セイエイさんも気になる人がいるみたいですし、てっきりアーデさんも恋人さんのことを思い出してるのかと思ったですぅ」
「そんなものじゃない」

かつてがそうしたように一言で切り捨て、窓に目をやった。
一面が窓になり、以前のトレミーとほぼ同じつくりをした新しい展望室。
その窓から見えるのはやはり地球。
が好きだと言った、が憎いと言った、が見つめていた星。

『でもティエリアはわからないままでいてよ』

首だけでミレイナを振り返り、地球を背に微笑んだ。

「ただ、昔を思い出していただけだ」

――僕は、ロックオンとの遺志を継ぐのだ。






本編で言うとアレルヤにコーヒーを出した後くらい。
ヒロインは連邦軍との戦いで機体をロストしたまま消息不明です。