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、おいでよ、

少し高いハスキーな声がかすかに耳に届いた。
それがリジェネのものだと気がつくのにそう時間はかからず、それよりも一体どこからの声だろうと訝る。
今私がいるのは広い屋敷の2階だ。
リジェネはいつも部屋の前まで来てくれるけどドアは固く閉じているし、そもそもドアから声がかかったのならこんなに小さく聞こえるはずがない。

、聞こえないの?」

ふわりと風に乗ってまた声が聞こえる。
そよ風が頬を撫ぜてやっと、テラスに続く戸を開け放していたことに思い当たった。
リジェネの声はまだ私を呼んでいる。
読んでいた本を放り出して慌ててテラスに出ると笑いを含んだ声が私を咎めた。

「遅いよ。
やっと出てきたね」
「ごめん、どこからかわかんなくて」

欄干から体を乗り出し、リジェネを見下ろす。
リジェネは楽しそうに目を細めて私を見上げ、降りておいで、と手を上げた。
…いや、『降りておいで』って言われても。

「ちょっと待ってて、正面に回るから」
「どうして?
そのまま飛び降りてくればいいのに」
「え、ここ2階だよ?
飛び降りたら危ないじゃない」
「大丈夫、受け止めてあげる」

にっこりと微笑まれ、心臓が跳ねた。
半分は恐怖でだ。
リジェネがこの笑い方をする時は少しだけ機嫌が悪くなっているしるし。
普段なかなか怒らない代わりに何か機嫌を損ねることがあるとまさに急降下していくのだ。
普段が無邪気なだけに、怒ったリジェネの怖さは必要以上に身に圧し掛かる。
飛び降りるのとその恐怖とどっちがましかと聞かれれば飛び降りるほうがずっとまし。
いくら天井が高いとはいえ、2階から地上までなんてせいぜい3メートルか4メートルくらいだしきっと死ぬことはない。

「…絶対だよ?」
「僕がを落とすはずないよ。
おいで」

最後の抵抗とばかりに絶対に受け止めてよ、ともう一度念を押し、胸ほどの高さがある欄干を乗り越えた。
リジェネが両手を高く掲げる。
気持ちを落ち着けるためにまず深呼吸。
それからぎゅっと目を閉じて、強く足元を蹴った。
重力に引っ張られて落ちていく感じがする。
けれどそれもほんの一瞬で、すぐに温かい腕が私を包んだ。
静かに目を開ければそこにあるのは満足げに微笑んだリジェネの顔。
リジェネは宣言どおり私を受け止めてくれたらしい。
どうも見たところ機嫌の方も持ち直したようでほっとした。
安心感で頬が緩む。

「ね、受け止めたでしょ」
「うん、ありがとうリジェネ」
「どういたしまして」

言うが早いか、私を横抱きに抱き直してリジェネが歩き出す。
慌ててリジェネの首にしがみついた。
できれば服を掴みたかったけどリジェネ達の服は体にぴったりとフィットしているから服だけを掴むのが難しい。
袖とすそには余裕があるのに何で胸周りだけぴったりしてるんだろう、とはここに来てからずっと疑問に思っていることだ。
一度たまたま出くわしたリヴァイヴに聞いてみたけど『何でだろうね?』で終わらされた。
真相は闇の中、ということかと項垂れたことは記憶に新しい。
リジェネたちのリーダー的なポジションにいる家主に聞けばわかるのかもしれないけど私は彼が苦手だ。

「何を考えてるの?」
「ん? いつになったら下ろしてもらえるのかなーって」
「ふふ、もうすぐだよ」

だからもう少しこのまま。
そう言ってリジェネが髪に口づけた。
さっと顔に熱が集まるのがわかって、恥ずかしさのあまり俯く。
頭の上ではくすくすと楽しそうな笑い声。
リジェネとはそこそこ長く一緒に居る気がするけど、こういうところはまだ慣れない。
…すごく細身で綺麗な顔なのに意外としっかりしてる腕とか体とか、妙なところで性別の差異を見せてくるのだ、リジェネは。
別に勝負でも何でもないのに少し悔しい。
悔しいけどどこか懐かしいような、私が何も考えずに落ち着ける場所がリジェネのそばだというのがさらに悔しい。

「はい、着いた」
「え、何これ……」

1人で勝手に悔しがっている間に優しく座らされた椅子の正面には白くて丸いテーブル。
更にそのテーブルの上には紅茶のポットやスコーン、サンドイッチ、マフィン、タルト……いわゆるアフタヌーンティーの準備が見事に整っていた。
運んでもらったお礼だとか、そういうことが全て抜けて思わず疑問だけが口からこぼれる。
リジェネはそれに答えないまま楽しそうに紅茶を注ぎ、いい香りのカップをそれぞれ自分と私の前に置いて腰掛けた。
まったくわけがわからない。
説明を求めて隣に座る赤い瞳を見つめると、相変わらず楽しそうに笑ったまま細い指がクッキーをつまんだ。
それが運ばれたのはリジェネではなく私の口。

「ふぃふぇふぇ!?」
「今日でちょうど4年だよ」

あまりのことに驚いて、うまく発音できないながらもリジェネの名を呼ぶ。
当のリジェネはさらりと私の髪を梳きながら滅多に見られないような優しい笑みを浮かべて4年だ、と言った。
何故かその笑顔が直視できずクッキーを飲み込むついでに視線をティーセットに向ける。

がこの屋敷に来てからちょうど4年」
「……もう4年……?」

耳に吹き込まれた言葉にまた驚きがじわじわと広がっていく。
そこそこ長い、とは思っていたけどまさか4年も経っていたとは。

「…ってことは、私は4年もリジェネたちに養われてた、と…そういうことか」
「現実的だね」

だってそうだ。
4年前、目が覚めたらここにいた。
本当に何の前触れもなくここにいたのだ。
――目が覚める前の記憶をほぼ全て失った状態で。
持っていたのは名前と生活上必要な知識と常識だけだった。
リボンズ曰く、私はこの辺りの森の中で傷だらけで倒れていたらしかった。
けれど私はそれが嘘であることを確信している。
理由はない、ただの直感だ。
強いて言えばリボンズが森に入ることなんてありえない(リボンズはほとんど引きこもりだ)から。
私がここで目覚めて、さらには記憶を失っている理由はまさにその失っている記憶に隠されているのだろう。
わかっていてもそれを見つけ出すのは難しく、私はティーセットを見つめたまま、ぽそりと呟いた。

「何もできないのに、置いてくれてありがとう」

リジェネが一瞬目を丸くしたのが視界の隅に映った。
私の頭を抱きこんで、ふっと笑みをこぼした気配がする。



「どういたしまして、



ありがとう、と呟いたの横顔は全てを知っているかのようなものだった。
記憶が戻ってしまったのかと思ったが、恐らくそういうわけではない。
これはきっと本能。
の持つ天性の鋭さと現実を見据える目はリボンズの話が虚構だと、とっくの昔に見抜いている。
記憶という経験を失ってもなお、この子は確かな目で現実を見ているのだ。
――類い稀なモビルスーツの操舵技術でソレスタルビーイングのため尽力し、最後には動かなくなったガンダムと共に宇宙を彷徨う覚悟をしたガンダムマイスター。
彼女は次世代に太陽炉を託し、ガンダムマイスターとして死んだ。
ティエリア・アーデを人間に近づけ、ロックオン・ストラトスと同じくティエリア・アーデに影響を与えた存在として。
それがここにいるの真実。
彼女は記憶をなくすことでガンダムマイスターとしてのを殺したのだ。
そのを回収することに決めたのは僕。
僕と同じDNAを持った、可愛くて愚かなティエリアをイノベーターに引き込むために。

「ねえ、、これだけは覚えてて?
僕はいつも君の味方だよ」

そっと耳元で囁くと、抱いた肩がぴくりと動いた。

「急に何言ってるの?」
「節目かな、と思ってね」
「なあに、それ」

くすくすとが笑う。
ソレスタルビーイングが再編されて始めていることをは知らない。
きっとティエリアも、がここで生きていることなんて知らない。
いつ2人を引き合わせようか。
いつ真実を教えてあげようか。
今はまだ早い。
僕がいなくちゃ生きていけないくらいにしてからでないと。

「僕は君の味方でいるから、君も僕の味方でいて?」

もう一度、今度は声を掠れさせて囁くと髪の隙間から見える耳が朱に染まっていく。
腰の辺りの布を柔らかく握る白い手を取って唇を落とした。
もっと僕のそばにおいでよ、






ティエリア夢「焼きつく碧」のヒロインと同じ子、です…(言わなきゃわからない)
書いてる最中に8話のティエリア&リジェネ祭が放送されてしまったのでそれに合わせて色々いじりました。
最初はリジェネ(イノベーター)はティエリアが嫌い(それこそ「ヴェーダは出来損ないの君をガンダムマイスターに選んだんだ…僕がどんな気分だったか、わかるかい?ティエリア・アーデ」みたいなリボンズとか「僕と同じDNAなのに、どうして君だけがマイスターになったんだろうね?僕と君と、どっちが優れているかわからないほど愚かなわけじゃないだろ?」みたいなリジェネとか)なんだろうなと思ってわくわくしてたんですがその実違いましたね…リボンズ達はまだ微妙だけどリジェネはそんなにティエリア嫌いじゃなさそう。
このリジェネはヒロインもティエリアも好きです。
どっちも上から目線で(笑