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「それでは、私は行ってまいります」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ、泉水様」
そうして私は深く頭を下げるのです。





このところ、泉水様は毎日のように星の一族の館に通っておられると伺っております。
なぜ泉水様がそちらへ通われるのか…いいえ、通われるにしてもなぜお忍びになられないのか、それが私には不思議でなりませんでした。
昼日中に姫の館へ通うなど、あの慎ましやかなお方にできることではございません。
…ああ、そういえばあちらのお邸には姫と双子の兄君がおられたのでした。
その兄君と懇意になられたのかしら?
などと下世話にも考えながら雑事をすませ、主の御心を描いたような優しげな影を投げかける庭の木々を見ていると私にかかる声がございました。

殿、若君がどちらに行かれたかお聞きではありませんか?」
「泉水様は今日も星の館へ向かわれたと、そう伺っておりますわ」

私よりもいくらか年若い彼女は困ったように口元を袖で隠しました。
あら、愛らしいこと。

「どうかなさったの?」
「あの…若君のお部屋にこれが」
「まあ、それは……」

彼女が開いた手で抱えていたのは小さいながらも施された装飾の美しい箱。
こういった箱には大抵菓子を入れるもの。
けれど、泉水様は菓子を好まれたかしら?

「手土産に用意なさったのをお忘れになられたのかもしれませんわね」
「届けに行った方がよろしいのでしょうか…」

おろおろとする彼女に微笑みかけ、私が参りましょう、と告げました。
彼女は驚いたように目を瞠りましたが私はそれには構いませんでした。
その手から箱を取り、できるだけ模様の美しい布に包んでゆきます。

「あの、本当に行かれるんですか?」
「ええ、どちらに行かれたのかわかっているのですもの。
…さて…支度も整いましたし、私は参りますわね」

口と手を同時に動かしていたためか支度が済むのも早く、私は市女笠を被って門をくぐりました。
そうして柔らかい秋の日差しを浴びながら、私は言いようもない喜びをかみ締めたのでした。
夕刻まで会えぬはずの泉水様にお会いできる。
何という喜びでしょう。
包みを抱え、私は星の館へと急ぎました。
女人がはしたないと言われようとはやる気持ちを抑えることなどとてもできません。
幸い星の館はそれほど遠いところにあるわけではなく、四半刻ほども歩けば着くことができました。
門前に立つのは青い衣の武士。
泉水様以外の殿方とお話しするなどそうある経験ではありませんが、声をかけねば取次ぎを頼むことはできないのです。
すぅと息を吸い、もし、と声を……

「…そこにいるのはではありませんか?」
「きゃあっ!?」

突然背後から声がかかり、あまりに驚いて悲鳴を上げてしまいました。
ああ、泉水様がいらっしゃるかもしれないというのに何とはしたない。

「あ、ああっ…も、申し訳ありません、驚かせるつもりはなかったのです」

再びかかった声は私のよく知った、とても穏やかで柔らかな慕わしい声。

「え……あ、も、泉水様…!」
「は、はい…私にございます」

振り返った先にはやはり泉水様のお姿。
ああ、私は泉水様の御前で何とはしたない…!!
慌てて泉水様に向き直り頭を下げようとすると、泉水様はそれをお止めになられました。
そして私の抱える包みにその優しい双眸を向けられたのです。

、そちらの包みは何でしょうか」
「泉水様のお部屋にございました塗箱にございます。
近頃星の館へ通われておられるとのこと、もしやこれは館へお持ちになられるはずだったものではと…」
「それでわざわざ持ってきてくださったのですね。
ありがとうございます」

ふわりととても美しく微笑み、泉水様は私の手から包みを取り上げ検めました。
思い描くものと中身が一致なさったのでしょう、ああ、と頷いて再び私に礼を述べてくださりました。
何と身に余る幸福でしょう!
先程の粗相で沈んだ気持ちが一気に天に昇るような心地でございました。

「どうぞ神子、今朝申し上げた唐菓子です」
「わあ、綺麗!
ほんとにもらっちゃっていいんですか?」

……あら?
泉水様のお声に答えたのは耳にしたことのない女人の声。
星の姫はまだ年の頃は十ほどだと伺っているのですけれど、それよりいくつか年嵩の声。
見れば、そこには童のように御髪を揃えた十五ほどの娘御がおりました。
泉水様がご用意なさった唐菓子を手に無邪気に笑う様は微笑ましいものでございます。
けれど私はその様に笑みをこぼすことなどとても出来はしませんでした。
少女を映すその瞳が、眦が、とても甘くとろけるような、そう、

「も、とみ様…私はこれで、失礼いたしますわ」

恋い慕う方を見るような。

…?」

泉水様のお声にも振り返ることなく、私は出来うる限りの速さで駆けました。
どこの誰にはしたないと言われようと、泉水様の前であのように声をあげてしまったこと以上にはしたないことなど私の中にはございません。
誰に何と言われようと、私を止める声にはならないのです。

「お待ちください!」

……だというのに、背中から響いた声に私の足は愚かにも歩みを止めようとしました。
それを叱咤し、私はひたすらに駆けました。
たとえ泉水様のお声であっても、今の私の顔を見られるわけにはまいりません。
きっと、この上もなく見苦しい顔になっていることでしょう。

「どうして……、お待ちなさい!」

言葉と同時にぐいと手を引かれ、私は後ろに倒れこみました。
いつもは決して聞くことのないような、命じる響きを含んだ泉水様のお声。
恐る恐る見上げれば、駆けてきたせいでしょう、赤く上気した泉水様のお顔。

「なぜ、逃げるの、ですか?
私が、何か、いたしましたか?」

息を切らしながらもそう問いかけてくださる泉水様の優しさに、堪えていた涙が頬を伝いました。
なんて恥を知らぬ涙なのかしら。
もう少し、隠れていてくれればよかったのに。
けれど一度零れた涙は止まることを知らぬように流れ続けてゆきます。

「申し訳、ございませ…」
「…いいえ、きっと私が知らず知らずのうちにあなたを傷つけてしまったのでしょう。
どうか私の仕打ちを教えてください」

そう仰りながら、泉水様は私の涙を拭ってくださいました。
泉水様の方こそ悲しげなお顔をなさっているというのに。
私は急に自分が恥ずかしくなりました。
私の勝手な想いでこうして泉水様を振り回し、あまつさえこのようなお顔をさせてしまっている。
そんなもの、私の本意ではないのに!

「申し訳ございません、泉水様。
私がいけないのです…すべて、私が…」

私は心を固めました。
この浅ましい思いを吐き出してしまえば、泉水様はきっと私を軽蔑なさるでしょう。
それでも私は申さねばならないのです。
泉水様を憂わせることなどあってはならないのですから。

「ずっと、お慕い申しておりました、泉水様」
「え…?」

ああ、やはりそう。
泉水様は驚いたような困惑なさったような、複雑な表情をなさっている。

「私の想いなどお気に留めてはなりません、泉水様。
私は本当ならば、この想いには蓋をしておくつもりでございました。
泉水様のご迷惑になるのなら、この想いを貫くより全て隠してお仕えしようと、そう誓ったのでございます。
…けれど、私はあまりにも弱かった。
私などが泉水様のお目に留まることなどないとわかっておりましたのに、いずれ泉水様が何処かの姫君と結ばれるであろうこともわかっておりましたのに、あの女人を見つめる泉水様のお顔が優しくて……愚かにも、取り乱してしまった次第にございます。
ですから、泉水様は」


投げられた声の何とお優しいことか。
泉水様にはご迷惑にしかならないこの浅ましい想いを吐露してなお、泉水様は優しく笑んでいらっしゃいました。
どうしてなの、私にはわからない。

「それほどまでに私を想ってくださったこと、嬉しく思います」

けれど。
泉水様は辛そうにお顔を歪め、言いづらそうに、それでもはっきりと仰いました。

「私には心に決めた方がおりますから…あなたの想いに応えることはできないのです。
物の数にもならぬ身なれど、私を認め、本当ならば無関係の京を救うために力を尽くしてくださる神子を…あの強い方を、お守りしたい。
たとえ神子が私の想いを受け入れてくださらずとも」
「これは、幸せな想いでございますから」

私と泉水様の声がぴたりと重なり、泉水様はひどく驚いたように瞠目なさいました。
その後に申し訳ありません、と口にする泉水様のお姿に私は胸が締めつけられるような心地になりつつも、心から思うのです。
ああ、この方を好いてよかった。
想いを遂げることができずとも、この想いは私の糧となる。
この方を思った月日が消えることもなく、私に残る。
結末が幸せでなくとも、この方を想った日々は幸せな日々なのですから。
そう思う心が同じであっただけでも、私は果報者にございます。

「泉水様が想いを遂げられること、お祈り申し上げますわ」

私が泉水様にできるのは、もうそれだけ。






軽くもとみこですみません。
だってここで実は泉水もヒロインが好きでしたー!なんてなったらつまらなくって。(夢小説を何だと
あ、泉水が追いかけてきた理由は
1.自分の世話をしてくれてる女房(ヒロイン)の様子がおかしかったから
2.花梨に言われて
の二つです。
優しさと義務が両立するぜ泉水さん!